かごしま文化財事典プラス

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文化財特集
鹿児島の歴史と文化財

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近世

明治維新の“立役者”たち

 江戸時代は、原則として家柄に応じて就任できる役職が決まっていました。しかし、薩摩藩では、家柄に関係なく優秀な人材が重要な役職に抜擢(ばってき)されることもありました。島津重豪は調所広郷を抜擢して財政改革を担当させ、島津斉彬も下級武士の西郷隆盛を登用しました。
 斉彬の死後、薩摩藩を率いることになった島津久光も、西郷や大久保利通ら下級武士を中心に結成された誠忠組から優秀な者を登用して、藩が一つにまとまって行動できる体制を作っていきました。
 能力に応じて下級武士を積極的に登用したり、藩主や家老が情報や考え方を共有したりすることで、藩が一つにまとまったことは、薩摩藩が明治維新で重要な役割を果たすことができた要因の一つです。

 明治維新の立役者である西郷隆盛や大久保利通に関係する文化財としては、西南戦争の最後の激戦地となった城山が国の史跡に指定されています。また西南戦争の銃弾跡が残る私学校石塀も県の史跡に指定されています。
 また西郷隆盛が書いた「敬天愛人 一幅」、大久保利通が書いた「為政清明」は県の有形文化財に指定されており、その筆使いからは二人の人となりがよく表れているといわれています。
 なお、大久保利通が受け取った手紙や出した手紙の控えなどのほか、洗面器や碁石など生活で使っていた道具などからなる「大久保利通関係資料」は国の重要文化財に指定されています。